目の前で親が転ぶと、頭が真っ白になります。「早く起こさなくては」とあわててしまうのは、当たり前のことです。けれども、急に引き上げたり、抱え起こしたりすると、痛みを強めたり、けがを悪化させたりすることがあります。転んだ直後は、まずひと呼吸おいて、起こしてよい状態かどうかを確かめることが大切です。
東京消防庁の救急搬送のデータでは、高齢の方の日常生活の事故のうち8割以上が「ころぶ」事故で、住宅の中では部屋・寝室が最も多い場所でした。住み慣れた家の中でも、転ぶことはめずらしくありません。
この記事では、起こす前に確かめること、すぐに起こさないときの過ごし方、床から起き上がる手順、家族が手伝うときの考え方、そのあとに気をつけることをまとめました。いざというときに落ち着いて動けるよう、前もって目を通しておくと安心です。
- 転んだ直後は、起こす前に頭を打っていないか、強い痛みがないか、脚の形が変わっていないかを確かめる
- 当てはまるときは動かさずに119番。迷うときは救急相談(#7119)や消防庁のアプリ「Q助」も使える
- 起き上がるときは、あおむけ→横向き→四つばい→動かないいすに手をついて立つ、の順に、本人のペースで
- 家族は抱え上げない・腕を引っぱらない。声をかけてタイミングを合わせ、本人の力を借りる
- その場で痛みがなくても、あとから痛みが出ることがある。転んだ日付と様子を記録しておく
1. 起こす前に確かめること
そばに駆け寄って、まず声をかけます。落ち着いた声で「大丈夫?」「どこか痛いところはある?」と聞くと、ご本人の不安がやわらぎ、痛みの場所も聞き出しやすくなります。抱き起こすのは、次のことを確かめてからにします。
- 頭を打っていないか:打った場所やこぶがないか、本人に確かめます。
- 強い痛みがないか:どこが痛いかを聞きます。少し動かそうとしたときに強い痛みが走らないかも確かめます。
- 脚の形が変わっていないか:片方の脚が短く見える、足先が外を向いている、といった様子がないかを見ます。
- 自分で動かせるか:手足をゆっくり動かせるかを聞きます。無理に動かしてもらう必要はありません。
- 出血や大きな腫れがないか:服の上からでも目立つ腫れ、出血がないかを確かめます。
- いつもと様子が違わないか:受け答えがはっきりしない、顔色が悪い、吐き気があるなどの変化がないかを見ます。
頭を強く打った/呼びかけても返事がはっきりしない/出血が止まらない/強い痛みで動けない/脚の形が変わっている。
血液をサラサラにする薬を飲んでいる方が頭を打ったときは、目立った傷がなくても、様子を見ずに相談するのがおすすめです。
救急車を呼ぶか迷うときは、地域の救急相談(#7119など。地域によって番号が違います)に電話して相談できます。総務省消防庁の全国版救急受診アプリ「Q助」も使えます。画面で症状を選んでいくと、「いますぐ救急車を呼びましょう」「できるだけ早めに医療機関を受診しましょう」などの目安が表示されます。
2. すぐに起こさないときの過ごし方
けがの心配があって起こさないと決めたときや、救急車を待つ間は、次のようにして過ごします。床の上に長くいると、体が冷えたり、同じ姿勢で体が痛くなったりするためです。
- 保温する:毛布や上着をかけます。冬の床や、冷房の効いた部屋では、体温が下がりやすくなります。
- 体の下にやわらかいものを:頭や体の下に、クッションや座布団をそっと差し入れます。体を大きく動かさず、すき間に入れる程度にします。
- そばを離れない:声をかけ続けると、本人が落ち着きやすくなります。電話は、そばにいたまま、携帯電話でかけられると安心です。
- 記録する:転んだ時刻、場所、そのときの動作(立ち上がった、振り向いた、トイレに向かっていた)、どう転んだか(つまずいた、滑った、立ちくらみがした)、どこが痛いかをメモします。救急隊や医師に伝えるときに役立ち、同じ場所で繰り返さないための手がかりにもなります。
3. 床から起き上がる手順
けがや強い痛みがないことを確かめられたら、本人のペースで起き上がります。あわてず、動作の間にひと呼吸おきながら進めます。
- あおむけのまま、少し休みます。すぐに動かず、痛いところがないかをもう一度確かめます。
- 顔を向けたいほうに向け、体をゆっくり転がして横向きになります。
- 下になった腕で床を押しながら、両手と両膝を床につけて四つばいになります。
- 四つばいのまま、近くの動かないいすや低い台のところまで進み、座面に両手をつきます。
- 力の入りやすいほうの膝を立てて、足の裏を床につけます。
- いすを押す力と、立てた脚の力を使って、ゆっくり立ち上がります。
- そのままいすに座って休み、息を整えます。





使ういすは、動かないものを選びます。キャスター付きのいすや、軽い折りたたみいすは、体重をかけたときに動いて危険です。ひじ掛けのある重いいすや、壁に寄せたいす、階段の一段目などが向いています。近くにないときは、家族がいすを運んできてから始めます。
横向きになってから手をついて起きる、という流れは、布団から起き上がるときと同じ考え方です(記事「布団のままか、ベッドにするか」)。
4. 家族が手伝うときの考え方
本人の力だけでは難しいときは、家族が手を貸します。このとき大事なのは、抱え上げないことと、腕を引っぱらないことです。腕を強く引くと肩を痛めることがあり、抱え上げると、本人にも家族にも大きな負担がかかります。
厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」でも、介護の作業では原則として人を人力で抱き上げないこととされています。介護の仕事をする人向けの指針ですが、家族が家で手伝うときにも、同じ考え方が役に立ちます。
- いすを使う:3章の手順を土台に、家族はいすを押さえて動かないようにします。
- 支えるのは体の中心に近いところ:腕ではなく、腰や骨盤のあたりに手を添えます。
- 声をかけて合わせる:「いち、に、の、さん」と声をかけると、本人が力を入れるタイミングを合わせやすくなります。本人の力を引き出すほうが、引き上げるより安全です。
- 片方の手足に麻痺がある方:麻痺のない側の手でいすをつかんでもらい、麻痺のない側の脚を立てて起き上がる形が基本です。
- 骨折のあとや、膝・股関節に痛みがある方:痛くないほうの脚を立てて、そちらに体重をかけられるようにします。痛い脚をひねらないようにします。
- 無理をしない:1人で難しいときは、家族2人で支えるか、それでも難しければ119番や、地域の相談窓口に頼ります。持ち上げようとして家族が腰を痛めると、その後の介護が続けられなくなります。
本人の力を借りる考え方は、ベッドから車いすへの乗り移りと同じです(記事「ベッドから車いすへの乗り移り(移乗)介助のポイント」)。
5. 起こしたあとに気をつけること
いすに座れても、そこで終わりにせず、しばらく様子を見ます。
- あとから痛みが出ることがあります:転んだ直後は気が張っていて、痛みを感じにくいことがあります。数時間後、翌日に痛みや腫れ、動かしにくさが出てくることもあります。
- 歩けても、骨折していないとは限りません:足の付け根の骨折でも、痛みをこらえて立てたり、少し歩けたりすることがあります。「歩けたから大丈夫」と決めず、痛みが続くときは受診するのがおすすめです(記事「足の付け根(股関節)の骨折のあとのリハビリと退院の準備」)。
- 頭を打った日は、記録しておきます:その場では変わりがなくても、しばらくたってから様子の変化が出ることがあります。あとで受診するときに「いつ転んだか」が手がかりになるので、カレンダーや手帳に書いておきます。
- 関係する人に伝えます:担当のケアマネジャーやリハビリの専門職に、転んだことを伝えておくと、対策を一緒に考えてもらえます。
6. 繰り返すときは、原因を一緒に考える
家の中で転ぶことが増えてきたときは、本人の不注意と考える前に、原因が隠れていないかを見直すのがおすすめです。あとから「どうして転んだのか」を思い出せないこともあるため、転んだそのときに、場所と状況を控えておけると役に立ちます。
- 家の環境:電気のコード、じゅうたんのへり、置きっぱなしの物、夜の通り道の暗さなど。見直し方は、記事「家の中の転倒を防ぐ工夫」でまとめています。手すりの取り付けなどの住宅改修は、工事費20万円までが対象で、自己負担は1〜3割です。上限の範囲であれば、何回かに分けて使えます(住宅改修と福祉用具の費用で目安を確認できます)。
- 体の状態や薬:脚の力の低下、痛み、立ちくらみ、飲んでいる薬の影響などが重なっていることもあります。
- 暮らしの変化:外出が減った、横になっている時間が増えたといった変化が、体力の低下につながっていることもあります(記事「親が出かけなくなった・横になる時間が増えたら」)。
介護予防で使われる国の基本チェックリストにも、転倒への不安や外出の回数をたずねる質問が入っています。その領域を土台に、リハビリの現場でご家族からよく聞く変化を足したのが、下のチェックリストです。転んだ日や、そのあとの様子の変化を記録しておくと、受診や相談のときにそのまま伝えられます。
関連ツール 親の老化サイン チェックリスト 体の動き・暮らしぶり・物忘れの26項目を、3か月ごとに記録できます。転んだことや、前回から増えた変化がグラフと表でわかり、そのまま受診や相談で伝えられます。無料・登録不要。心配だからと、本人の家での役割をすべて家族が引き受けてしまうと、動く機会が減って、かえって体の力が落ちることがあります。やり方を工夫して、安全に続けられる方法を一緒に探すのがおすすめです。
7. よくある質問
骨折しているかどうか、家で見分ける方法はありますか?
見た目や触った感じだけで見分けるのは難しいです。痛みが軽くても骨折していることがあり、足の付け根の骨折でも立てたり少し歩けたりすることがあります。脚の形が変わっている、強い痛みで動けないときは動かさずに119番を、そこまででなくても痛みが続くときは受診するのがおすすめです。
起こすときに、腕を引っぱって手伝ってもよいですか?
腕を強く引くと、肩を痛めることがあるため、避けるのがおすすめです。本人にいすや手すりをつかんでもらい、家族は腰や骨盤のあたりに手を添えて支えます。声をかけてタイミングを合わせると、本人の力を引き出しやすくなります。
夜中に転んで、痛がっていないときは、朝まで様子を見てもよいですか?
頭を打っておらず、強い痛みや動かしにくさもなければ、暖かくして休み、朝に受診するという選び方もあります。ただし、迷うときや、いつもと様子が違うときは、夜間でも救急相談(#7119など)に電話して相談できます。床に長く寝かせたままにせず、ベッドや布団で休めるようにするのがおすすめです。
床から自分で起き上がれません。練習でできるようになりますか?
体の状態によりますが、起き上がり方を覚えることで、できるようになる方もいます。リハビリでは、床からの立ち上がりを練習することがあります。ふだん床に座る機会がない方は、やり方を知らないだけ、ということもあります。担当のリハビリの専門職や、かかりつけ医に相談してみるのがおすすめです。
何度も転ぶのは、年のせいでしょうか?
年齢による脚の力の低下も関係しますが、それだけとは限りません。飲んでいる薬の影響でふらつくことや、痛みをかばった歩き方、家の中の環境が関係していることもあります。転んだ回数や場所を記録して、かかりつけ医やケアマネジャーに伝えると、原因に合わせた対応を考えやすくなります。
転んだあと、本人が「大丈夫」と言って受診したがりません。
その場で歩けていても、あとから痛みが出ることがあります。無理に説得するより、次の定期受診のときに家族から様子を伝える、ケアマネジャーに相談する、という方法もあります。強い痛みや、歩き方の変化があるときは、早めの受診がおすすめです。
出典・参考にした資料
- 東京消防庁「救急搬送データからみる高齢者の事故」:高齢の方の日常生活の事故のうち8割以上が「ころぶ」事故で、住宅の中では部屋・寝室が最も多い場所であること ページ
- 総務省消防庁「全国版救急受診アプリ(愛称「Q助」)」:症状を選ぶと、緊急度に応じた対応(いますぐ救急車を呼ぶ、できるだけ早めに受診、緊急ではないが受診、様子をみる)が表示されること ページ
- 厚生労働省「上手な医療のかかり方」Q&A:救急車を呼ぶか迷うときの救急相談(#7119)の案内 ページ
- 厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(2013年改訂):介護の作業では、原則として人を人力で抱き上げないこと ページ
- 健康長寿ネット(公益財団法人 長寿科学振興財団)「基本チェックリストとは」:転倒の経験や転倒への不安、外出の回数をたずねる質問が含まれていること ページ
この記事は一般的な考え方をまとめたものです。起こし方や介助のしかたは、ご本人の体の状態によって変わります。実際の方法は、ご本人を見ているリハビリの専門職に相談するのがおすすめです。