親が高齢になって足腰が弱くなってくると、「外の階段や道で転ぶのではないか」と心配になります。けれども、高齢の方の転倒事故は、実は毎日過ごしている家の中で多く起きています。
住み慣れた家でも、小さな段差や床に置いた物がきっかけで、バランスを崩すことがあります。転んで骨折したことをきっかけに、介護が必要になることも少なくありません。
この記事では、家の中で転びやすい場所ごとの見直しポイントと、体調や薬の影響、転んだときの対応、介護保険で使える住宅改修と福祉用具をまとめました。大きな工事をしなくても、今日からできる工夫もたくさんあります。
- 高齢の方が「転ぶ」事故は、家の中、特に部屋・寝室で最も多く起きている
- まず取り組みたいのは、床の物を片付けることと、夜の足元を明るくすること
- 転ぶ回数が急に増えたときは、薬や体調の影響も考えて、医師や薬剤師に相談する
- 転んだあとは無理に引っぱり起こさない。頭を打った、強い痛みで動けないなどのときは119番
- 手すりの取り付けや段差の解消には、介護保険の住宅改修が使える(工事の前に申請が必要)
1. 転ぶ事故は、家の中で多く起きている
東京消防庁の救急搬送のデータ(2024年)では、高齢の方の日常生活の事故のうち、8割以上が「ころぶ」事故でした。「ころぶ」事故が起きた場所は住宅が最も多く、中でも部屋・寝室だけで約3万人と、全体(約7万3千人)の4割ほどを占めていました。住宅の中では、部屋・寝室に次いで、玄関・勝手口、廊下・縁側・通路が多くなっています。
消費者庁も、高齢の方の「転倒・転落・墜落」による死亡者数は、交通事故による死亡者数の約4倍にのぼると注意を呼びかけています。住み慣れた家の中こそ、見直す価値があります。
2. 場所ごとの見直しポイント
部屋・寝室
- 床の物を片付ける:電気のコード、めくれたカーペット、新聞や衣類などは、足を引っかける原因になります。ベッドからトイレまでなど、よく通る道には物を置かないと、家族で決めておくと安心です。
- ベッドやいすの高さ:座ったときにかかとまで床につく高さが基本です。足が床にしっかりつくと、座っている姿勢が安定し、立ち上がるときも足に力を入れやすくなります。立ち上がるのが少し大変なときは、座面を少し上げると立ちやすくなります(記事「介護ベッドの置き場所と、介助バーを付ける側」)。
- 布団から立ち上がるとき:床からの立ち上がりが不安定になってきたら、置き型の手すりを使う、ベッドに替えるなどの方法があります(記事「布団のままか、ベッドにするか」)。
トイレ・夜の通り道
- 足元を明るくする:夜中にトイレへ向かう途中は、暗さと寝起きのふらつきが重なり、転びやすい場面です。足元灯や、人が通ると点く照明を置くのがおすすめです。
- 起きてすぐに歩き出さない:ベッドの端に座って少し落ち着いてから立つと、ふらつきにくくなります。夜中のトイレが心配な場合は、寝室にポータブルトイレを置く方法もあります(記事「ポータブルトイレの置き場所と選び方」)。
- トイレの中:立ち座りや、ズボンの上げ下ろしのときにつかまる場所があると安心です(記事「トイレの手すりの付け方」)。
浴室・脱衣所
- 滑りにくくする:浴室の床は、水や石けんで滑りやすくなります。滑り止めのマットを敷く、入口の段差に注意するなどの工夫があります。
- 寒暖差に気をつける:冬は、暖かい部屋から寒い脱衣所や浴室に移ると、ふらつきやすくなります。脱衣所や浴室を先に暖めておくと安心です。
- 浴槽のまたぎ方や入浴用品は、記事「お風呂の手すりと入浴用品の選び方」でまとめています。
廊下・階段・玄関
- 履物を見直す:スリッパは脱げやすく、フローリングで滑る原因になります。かかとのある室内履きや、滑り止めの付いた靴下がおすすめです。
- 小さな段差に注意する:部屋と廊下の間の敷居など、数cmの段差は足を引っかけやすい場所です。段差の端に色の違うテープを貼って見えやすくしたり、小さなスロープで段差をなくしたりする方法があります。
- 階段:手すりにつかまって1段ずつ上り下りし、荷物を持って上り下りしないのが基本です(記事「階段の上り下りが不安になったら」)。
- 玄関:立ったまま片足で靴を脱ぎ履きすると、バランスを崩しやすくなります。安定したいすや腰かけ台に座って脱ぎ履きするのがおすすめです(記事「玄関の上がり框の段差をどうする?」)。
3. 体調や薬の影響にも気をつける
転倒の原因は、家の中の環境だけではありません。消費者庁も、加齢による体の働きの低下、薬の影響、運動不足を転倒の原因として挙げています。
- 血圧の薬や睡眠薬などで、立ち上がったときにふらついたり、眠気が残ったりすることがあります。
- 水分が足りないと、めまいを起こしやすくなります。
- 散歩や体操など、ふだんから体を動かすことも、転びにくい体を保つことにつながります。
「床を片付けたのに、何度もふらつく」「急に転ぶ回数が増えた」という場合は、環境だけの問題と決めつけず、かかりつけの医師や薬剤師に相談するのがおすすめです。
4. 転んでしまったときの対応
転んだ直後は、ご本人も驚いて慌てていることがあります。まずは家族が落ち着いて声をかけ、どこか痛いところはないかを確かめます。
次のようなときは、ご本人が「大丈夫」と言っても、ためらわずに119番に電話してください。
・頭を強く打った
・呼びかけても返事がない、意識がはっきりしない
・出血が止まらない
・強い痛みがあって動けない、脚の形が変わっている
- 無理に引っぱり起こさない:両腕を持って真上に引き上げると、ご本人の肩を痛めたり、骨折していた場合に悪化させたりすることがあり、介護する人も腰を痛めます。
- 自分で起き上がれそうなとき:痛みがなく意識もはっきりしていれば、ご本人のペースで、横向きから四つばいになり、近くに運んだ安定したいすなどにつかまって立ち上がるのを見守ります(立ち上がり方は、記事「布団のままか、ベッドにするか」でまとめています)。
- 頭を打ったとき:その場では元気そうでも、あとから具合が悪くなることがあります。とくに血液をサラサラにする薬を飲んでいる方は、早めに受診を考えます。
一度転んだことがある方は、また転ぶ心配から外出や活動を控えがちになり、体の力がさらに落ちることもあります。転んだことは、担当のケアマネジャーやリハビリの専門職に伝えておくと、対策を一緒に考えてもらえます。
その役割は、やり方を少し変えれば、安全に続けられるかもしれません。いすに座って野菜を切る、物干し竿の高さを下げる、よく使う物を腰から胸の高さに置き直す、通り道に置き型の手すりを置く、といった工夫です。ご本人に「これは続けたい」という希望があれば、どうすれば安全にできるかを、リハビリの専門職に相談してみるのがおすすめです。環境を整えて、ご本人の希望がかなえば、それが何よりのリハビリになります。
5. 介護保険で使えるもの
住宅改修
要支援・要介護の認定を受けている方は、次のような工事に、介護保険の住宅改修が使えます。工事費20万円までが対象で、自己負担は1〜3割です。
- 手すりの取り付け(廊下・トイレ・浴室・玄関など)
- 段差の解消(敷居を低くする、スロープを付けるなど)
- 滑りにくい床材への変更
- 引き戸などへの扉の取り替え
- 洋式便器などへの取り替え
手すりを付ける側は、片方の手足に麻痺がある方は麻痺のない側の手でつかめる位置、骨折や膝・股関節の痛みがある方は痛みのある脚と反対の手で体重を預けられる位置が基本です。実際の位置は、ご本人の動きを見ながらリハビリの専門職と一緒に決めるのがおすすめです。
工事の前に市区町村への申請が必要で、申請より先に工事を始めると、介護保険が使えなくなることがあります。手すりの高さの決め方は、記事「手すりの高さの決め方」でまとめています。
福祉用具のレンタル
工事のいらない置き型の手すりや、小さな段差に置くスロープ、歩行器などは、要支援1の方からレンタルできます。
まずは担当のケアマネジャー(要支援の方や、まだ担当がいない方は地域包括支援センター)に相談するところから始めるのがおすすめです(記事「地域包括支援センターと居宅介護支援事業所の違い」)。
関連ツール 住宅改修と福祉用具の費用 転びやすい場面から、手すりの工事・レンタル・購入の自己負担の目安がわかります。6. よくある質問
何から手をつければよいですか?
いちばん多く通る場所から見直すのがおすすめです。寝室からトイレまでの道は、夜間も含めて毎日何度も通るので、ここを整えるだけで効果が出やすくなります。
次に、実際にヒヤッとした場所です。「ここでつまずきそうになった」という場面は、ご本人か家族が覚えていることが多いので、聞いてみると優先順位が分かります。家全体を一度に変えようとすると、費用も手間も大きくなります。
スリッパは履かないほうがよいですか?
脱げやすく、つまずきのもとになりやすい履き物です。かかとのないタイプはとくに、すり足になっている方では引っかかりやすくなります。
家の中では、靴下なら滑り止めが付いたもの、または裸足のほうが安全なことが多いです。冷えが気になる場合は、かかとが覆われた室内履きを選ぶという方法もあります。
夜のトイレが心配です。
足元灯を置くのがいちばん手軽です。人が近づくと点くタイプなら、スイッチを探さずにすみます。寝室からトイレまでの道筋に、いくつか置くだけでも変わります。
それでも不安が残る場合は、夜だけポータブルトイレを寝室に置く方法もあります。「トイレまで行けなくなった」と受け取られないよう、夜間だけの備えとして提案すると、受け入れられやすくなります。
本人が片づけに応じてくれません。
安全のためだから、と言うほど反発が強くなることがあります。長く暮らしてきた家の置き方には、その人なりの理由があるためです。
全部を片づけようとせず、「ここだけ」と場所を絞る、置き場所を変えるのではなく通り道の側だけ空ける、といった形にすると受け入れられやすくなります。ご本人が大事にしているものを取り上げる形にならないよう、何を残すかを一緒に決めるのがおすすめです。
転倒が心配なので、あまり歩かせないほうがよいですか?
逆のことが起きやすいので、おすすめできません。歩く機会が減ると、脚の力とバランスがさらに落ちて、転びやすくなります。家事や庭仕事といった役割をやめてしまうと、動く量そのものが減ります。
考え方としては、「転ばせないために動かさない」のではなく、「役割を安全に続けられるように環境を整える」方向です。どこまでなら安全にできるかは、リハビリの専門職に実際の動きを見てもらうと判断しやすくなります。
転倒の予防に、介護保険で使えるものはありますか?
あります。手すりの取り付け、段差の解消、滑りにくい床材への変更などは住宅改修の対象で、工事費20万円までを対象に自己負担は1〜3割です。20万円は一度に使い切る必要はなく、分けて使えます。
杖(多点杖など)、歩行器、置き型の手すり、スロープはレンタルの対象で、こちらも自己負担は1〜3割です。まずは担当のケアマネジャー(まだ担当がいない方は地域包括支援センター)に、困っている場面を伝えるところから始めます。
出典・参考にした資料
- 東京消防庁「救急搬送データからみる高齢者の事故」:高齢者の日常生活事故の8割以上が「ころぶ」事故であること、発生場所(住宅内では居室・寝室等29,783人が最多、次いで玄関・勝手口等、廊下・縁側・通路)(2024年) Web
- 消費者庁「高齢者の事故を防ぐために」(2021年10月6日):転倒・転落・墜落による死亡者数が交通事故の約4倍であること、床の物の片付けや段差の見えやすさ、運動、薬の影響など Web
- 厚生労働省「介護保険の給付対象となる福祉用具及び住宅改修の取扱いについて」(老企第34号、抄):手すり・スロープの貸与と住宅改修の区別 PDF
この記事は一般的な考え方をまとめたものです。実際に合う対策は、ご本人の体の状態や家の造りによって変わります。