ベッドから車いすへ、車いすからベッドへ。乗り移り(移乗)は、トイレや食事、通院のたびに、1日に何度もくり返す動作です。介護するご家族にとっては、腰への負担が大きくなりやすい場面でもあります。
力まかせに持ち上げようとすると、ご本人は怖い思いをし、ご家族は腰を痛めることがあります。乗り移りは、準備と手順を整えるだけで、ずっと楽に、安全になります。
この記事では、乗り移る前の準備、立って乗り移るときの基本の流れ、座ったまま乗り移る方法、介護する人の腰を守る工夫、避けたい介助、介護保険で使える用具をまとめました。
- 乗り移る前に、ブレーキと足を乗せる部分(フットサポート)を確かめる
- 車いすは、ベッドのすぐ横に30度くらい斜めに置くのが目安
- 立って乗り移るときのベッドの高さは、かかとまで床につく高さが基本。立ち上がるのが少し大変なら少し上げる。スライディングボードでは移る先を少し低くする
- 車いすを置く側は、片麻痺の方は麻痺のない側、骨折や脚の痛みがある方は痛くない脚の側が基本。実際の方法はリハビリの専門職の指導が最優先
- 立つのが難しい方は、ひじ掛けが上がる車いすとスライディングボードで、座ったまま乗り移る方法もある
- 両腕を引っぱる、ズボンを持ち上げる、抱き上げる介助は避け、つらくなったら用具に頼る
1. 乗り移る前の準備
乗り移りの事故は、動き出す前の確認が抜けたときに起きやすくなります。慣れてきたころほど、毎回同じ順番で確かめる習慣をつけておくと安心です。
車いすを置く位置
- ベッドのすぐ横に、30度くらい斜めに置く:車いすをベッドに近づけ、ベッドに対して30度くらい斜めに置くのが一般的な目安です。真正面や真横に置くより、向きを変える量が少なくてすみ、車いすまでの距離も近くなります。病院で練習している置き方があれば、それに合わせるのがおすすめです。
- 置く側:片方の手足に麻痺がある方は麻痺のない側、骨折や膝・股関節の痛みがある方は痛くない脚の側に置くのが基本です。ベッドの置き場所との関係は、記事「介護ベッドの置き場所と、介助バーを付ける側」でまとめています。
ブレーキと、足を乗せる部分
- ブレーキ:乗り移る前は、左右両方のブレーキがかかっているかを必ず確かめます。車いすが動くと、座りそこねて転ぶ原因になります。
- 足を乗せる部分(フットサポート):立つ前に、足をフットサポートから床へ下ろします。外側に開ける、取り外せるタイプなら、じゃまにならないようにしておくと、足を引いて立ちやすくなります(記事「車いすの選び方」)。
ベッドの高さ
- 立って乗り移るとき:ベッドの端に座って、足の裏がかかとまで床につくことが、座っている姿勢を安定させる基本です。一方で、立ち上がりは座面が高いほど楽になります。研究のまとめでは、座面を高くすると、立ち上がるときにひざで必要な力が最大で6割ほど少なくなると報告されています。そのため、かかとまで床につく高さを基本にして、立ち上がるのが少し大変なときは、座面を少し上げる程度に調整します。上げすぎると、座ったときに足が浮いて不安定になります。
- 座ったまま乗り移るとき:スライディングボードで滑って移る場合は、移る先を少し低くします。ベッドから車いすへ移るときは、ベッドを車いすの座面と同じか、少し高めにします(3章)。
2. 立って乗り移るときの基本の流れ
少しの時間なら立っていられる方が、立ち上がって向きを変え、車いすに座る場合の、一般的な流れです。
基本の流れ
- 浅く座り直す:ベッドの端に、お尻を少し前に出して浅く座ります。介助バーがあれば、つかんでもらいます。
- 足を引く:両足を、ひざより少し後ろに引きます。
- おじぎをする:頭を前に出すように、おじぎをしながら上体を前へ傾けると、お尻が自然に浮きます。
- 立って、向きを変える:立ち上がったら、足を小さく踏みかえながら、体ごと車いすのほうへ向きを変えます。
- ゆっくり座る:車いすの座面がひざの裏に当たったのを確かめてから、おじぎをしたまま、ゆっくりお尻を下ろします。
介助する人の立ち位置
- 正面をふさがない:ご本人の真正面にぴったり立つと、立ち上がるのに必要な「おじぎ」の動きをじゃましてしまいます。斜め前など、ご本人が頭を前に出せるすき間をあけて立つのが基本です。
- 腰や骨盤のあたりを支える:腕を引くのではなく、腰や骨盤のあたりに手を添えて、ご本人が自分の脚で立つのを助けます。
病気による違い
- 片麻痺(脳卒中など)の方:麻痺のない側の手足を中心に動くのが基本です。車いすを麻痺のない側に置き、麻痺のない側の脚を軸にして回ります。介助する人は、ひざが折れやすい麻痺のある側に立って支えることが多いです。
- 骨折や膝・股関節の痛みがある方:痛む脚に体重をかけにくいため、痛くない脚でしっかり支えて回るのが基本です。車いすは痛くない脚の側に置きます。人工股関節などの手術のあとは、脚を動かしてよい向きや、曲げてよい角度が決められていることがあります。
入院中なら、退院前にご家族も一緒に、病院のリハビリ職員と乗り移りの介助を練習しておくと安心です(記事「退院前カンファレンスで確認しておきたいこと」)。
3. 座ったまま乗り移る方法
脚に力が入りにくく、立って向きを変えるのが難しい方は、スライディングボード(滑りやすい素材の板)を、ベッドと車いすの間に橋のように渡し、座ったままお尻を滑らせて乗り移る方法があります。ご家族が体を持ち上げなくてすむため、介護する人の腰の負担も軽くなります。
- ひじ掛けが上がる車いすを使う:ひじ掛けを後ろに跳ね上げたり、取り外したりできる車いすでないと、ボードを渡せません(記事「車いすの選び方」)。乗り移ったら、ひじ掛けはすぐに元に戻します。
- 移る先を少し低くする:ボードは、下り坂になるように渡すと滑らせやすくなります。ベッドから車いすへ移るときは、ベッドの高さを車いすの座面と同じか、5cmほど高くするのが目安です。車いすからベッドへ戻るときは反対に、ベッドを車いすの座面より少し低くします。
- ご本人の手も使う:ボードを差し込むときは、手すりにつかまって体を反対側に少し傾けてもらい、お尻の下にすき間を作ります。滑るときは、進む方向に手をついて体重をかけてもらうと、滑らせやすくなります。一度に移ろうとせず、2回くらいに分けて少しずつ滑らせます。
- 自分で座っていられることが前提:ボードの上で体を支えるため、ベッドの端に自分で座っていられる方が対象です。座っているとふらつく方は、使う前にリハビリの専門職に相談するのがおすすめです。
4. 介護する人の腰を守る工夫と、避けたい介助
介護の仕事をする人のための国の指針でも、乗り移りの介助で人を抱き上げることは腰に大きな負担がかかるとして、原則として人の力だけで抱き上げないこと、座っていられる方にはスライディングボード、全面的に介助が必要な方にはリフトなどの用具を使うことが勧められています。ご家族の介護でも、同じ考え方が役に立ちます。
腰を守る工夫
- ご本人に近づく:体を離したまま手を伸ばして支えると、腰に負担がかかります。足を前後に開いて、ご本人の近くに立ちます。
- 腰だけを曲げない:ひざを伸ばしたまま上体だけを前に曲げる姿勢は避け、ひざを軽く曲げて重心を低くします。
- ひねらない:向きを変えるときは、腰だけをひねらず、足を踏みかえて体ごと向きを変えます。
- ベッドの高さを使い分ける:おむつ交換や着替えなど、ベッドの上で介助するときは、ベッドを介護する人の腰が曲がらない高さまで上げると楽です。乗り移る前には、乗り移りに合う高さに戻します。
避けたい介助
- 両腕を持って引っぱり上げる:肩や腕を痛めることがあり、ご本人も自分の脚に体重をのせにくくなります(記事「布団のままか、ベッドにするか」)。
- 首や肩に腕を回して、しがみついてもらう:介護する人につかまろうとすると、ご本人は腰を伸ばしたまま立ち上がることになり、おじぎの動きができません。介護する人の首や腰にも体重がかかり、バランスを崩したときに、二人一緒に倒れる心配もあります。
- ズボンのウエストを持って引き上げる:衣服が食い込んで痛いうえ、ご本人の体が後ろに反りやすく、かえって立ちにくくなります。
- 抱きかかえて持ち上げる:介護する人の腰を痛める原因になります。持ち上げないと移れない状態なら、用具や方法を見直す時期です。
たとえば、「さん、はい!」と声をかけて、ご本人が立ち上がる力を入れるタイミングと、手伝うタイミングを合わせるだけで、ずっと軽く立てることがあります。介助バーや手すりをつかんでもらえば、ご本人の腕の力も使えるので、介護する人にかかる力が分散されます。ご本人ができるところはご本人に任せて、足りない分だけを手伝う。それが、介護する人の腰を守り、ご本人の力を保つことにもつながります。
5. 介護保険で使える用具と相談先
乗り移りの介助に使える用具の多くは、介護保険でレンタルできます。
- 介助バー(ベッド用手すり):ベッドの横に取り付け、起き上がりや立ち上がり、車いすへの乗り移りの支えにする手すりです。
- スライディングボード・スライディングマット:座ったまま、または寝たまま、滑らせて乗り移るための用具です。
- 介助用ベルト:ご本人の腰に巻き、介護する人が持ち手をつかんで、立ち上がりや乗り移りを手伝うための用具です。
- 移動用リフト:体をつり上げて移動させる用具です。体を包むつり具の部分は、レンタルではなく購入(特定福祉用具)の対象です。
介助バー、スライディングボード、介助用ベルトは、介護ベッド(特殊寝台)の付属品という扱いで、介護ベッドとあわせて使う場合にレンタルできます。介護ベッドとその付属品、車いす、移動用リフトは、原則として要介護2以上の方が対象です。要支援・要介護1の方でも、体の状態によっては例外として認められることがあります。
どの用具が合うかは、ご本人の体の状態や家の広さによって変わります。まずは担当のケアマネジャー(まだ担当がいない方は地域包括支援センター)に「乗り移りの介助がつらい」と伝え、福祉用具専門相談員やリハビリの専門職と一緒に選ぶのがおすすめです(記事「地域包括支援センターと居宅介護支援事業所の違い」)。
関連ツール 住宅改修と福祉用具の費用 困っている場面から、福祉用具のレンタル・購入と住宅改修の自己負担の目安がわかります。6. よくある質問
乗り移りのたびに腰が痛くなります。どうすればよいですか?
まず、いまのやり方のどこで腰に力が入っているかを見直します。体を離したまま手を伸ばしていないか、ひざを伸ばしたまま上体だけを曲げていないか、向きを変えるときに腰だけをひねっていないか、の3点がよくある原因です。
そのうえで、それでもつらいときは、用具を使う段階だと考えてよいと思います。国の腰痛予防の指針でも、乗り移りの介助は原則として人の力だけで抱き上げないこととされています。がまんして続けるより、担当のケアマネジャーに「乗り移りの介助がつらい」と伝えて、スライディングボードやリフトを検討するほうが、結果として介護を長く続けられます。
一人での介助が不安です。二人で介助したほうがよいですか?
二人いれば安全というわけではありません。二人で持ち上げる形になると、ご本人が自分の脚を使う機会がなくなり、かえって立てなくなっていくことがあります。また、声のかけ方やタイミングがそろわないと、引っぱる方向が食い違ってご本人が不安定になります。
一人では危ないと感じる状態であれば、人数を増やすより、用具や方法そのものを見直すのがおすすめです。リハビリの専門職に、実際の場面を見てもらえると確実です。
スライディングボードは、介護保険でレンタルできますか?
できます。ただし「特殊寝台付属品」という扱いなので、介護ベッド(特殊寝台)とあわせて使う場合、または既に介護ベッドを使っている方が対象です。介護ベッドとその付属品は原則として要介護2以上が対象で、要支援・要介護1の方でも、体の状態によっては例外として認められることがあります。自己負担は1〜3割です。
あわせて、ひじ掛けを跳ね上げたり外したりできる車いすも必要になります。用具がそろっているかを含めて、福祉用具専門相談員に相談するのがおすすめです。
車いすを置く向きは、いつも30度でよいですか?
30度は、向きを変える量と車いすまでの距離のバランスがとれた、一般的な目安です。ただし、部屋の広さやベッドの置き場所によっては、その角度が取れないこともあります。また、病院で別の置き方を練習している場合は、その方法に合わせるほうが、ご本人が迷いません。
角度そのものより、「車いすがベッドに近いこと」「ブレーキがかかっていること」「向きを変える量が少なくてすむこと」の3つが満たせているかで考えると、家の事情に合わせやすくなります。
途中でひざが折れてしまいそうなときは、どうすればよいですか?
立ち上がりの途中でひざの力が抜ける方は、介助する人がひざが折れやすい側に立ち、自分のひざでご本人のひざの前を軽く支える方法がとられることがあります。ただし、強く押さえると痛みや不安につながるため、力の入れ方は実際に見てもらって覚えるのが安全です。
ひざが折れる回数が増えてきたときは、立って乗り移る方法そのものを見直す時期かもしれません。座ったまま移る方法に切り替えられないか、リハビリの専門職に相談するのがおすすめです。
ベッドの高さは、毎回変えたほうがよいですか?
用途によって合う高さが違うので、変えられるなら変えるほうが楽です。おむつ交換や着替えのようにベッドの上で介助するときは、介護する人の腰が曲がらない高さまで上げます。乗り移るときは、ご本人の足の裏がかかとまで床につく高さが基本で、立ち上がるのが少し大変なら座面を少し上げます。スライディングボードで移るときは、移る先を少し低くします。
毎回動かすのが大変な場合は、乗り移りに合う高さを基本にしておき、介助のときだけ上げる形でも十分です。
出典・参考にした資料
- 厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(2013年6月18日改訂):介護作業での移乗介助の抱上げは腰部に著しい負担がかかるため原則として人力で抱き上げないこと、座位保持できる対象者へのスライディングボード、全介助の対象者へのリフトの使用、ベッドの高さ調節などで前屈やひねりの姿勢を避けること Web
- 厚生労働省「介護保険における福祉用具の選定の判断基準について」(介護保険最新情報Vol.1296、2024年8月2日):スライディングボード・スライディングマット(特殊寝台付属品)の目的と、自分で座位を保てる方が対象であること、ひじ掛けの跳ね上げや特殊寝台の高さ調整など環境を整える必要があること、介助用ベルト・ベッド用手すり、移動用リフトとつり具の扱い、要支援・要介護1の方が原則対象外となる種目と例外 PDF
- 厚生労働省「介護保険の給付対象となる福祉用具及び住宅改修の取扱いについて」(老企第34号、抄):特殊寝台付属品は、特殊寝台とあわせて、または既に特殊寝台を使っている方に貸与されるものであること PDF
- 日本看護技術学会 技術研究成果検討委員会 移動動作評価班「用具を使って楽に移動介助を!移動・移乗技術Q&A Ver.3.0」(2022年5月):スライディングボードでベッドから車いすへ移るときは、ベッドの高さを車いすの座面と同じか5cm程度高くする(移乗元を移乗先より高くする)こと、ひじ掛けが取り外せる車いすを使うこと、手すりにつかまって体を傾けてボードを差し込み、進行方向に手をついて体重をかけてもらうこと、2回に分けて滑らせること、ズボンを持って持ち上げると股に食い込むこと、介助する人の肩につかまると腰を伸ばして立ち上がることになること PDF
- 国立障害者リハビリテーションセンター 別府重度障害者センター「在宅生活ハンドブック No.31 移乗動作・移乗介助の方法」(2023年):ベッドに対して約30°斜めに車いすを置くこと(横への乗り移り)、声をかけてタイミングを合わせて立ち上がりを介助すること PDF
- Janssen WG, Bussmann HB, Stam HJ. Determinants of the sit-to-stand movement: a review. Phys Ther. 2002;82(9):866-879:座面を高くすると、立ち上がりに必要なひざの力(モーメント)が最大60%、股関節が最大50%小さくなること、ひじ掛けを使うと股関節の力が50%小さくなること、足を後ろに引くと股関節の力が小さくなること PubMed
この記事は一般的な考え方をまとめたものです。ご本人に合う乗り移りの方法は、体の状態によって変わるため、担当のリハビリの専門職と一緒に確かめるのがおすすめです。